
エクスレバン
これまで渡航した国は40カ国以上 大学時代から国際経済を学び、現地に赴いて調査を行ったり、政治や経済について執筆活動を行っている。趣味はサーフィンと妻とショッピング。コロナ禍が終わりを迎えるなか、今後は中東やアフリカ方面への現地取材を検討中。
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2020年6月30日、中国政府が香港国家安全維持法(国安法)を施行してから5年が経過しました。この法律は、国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力との結託を禁じるもので、香港の政治的・社会的風景を一変させました。かつては自由な言論と抗議活動の中心地だった香港ですが、現在の状況はどうなっているのでしょうか。

抗議デモの終焉と「中国化」の進行

2019年から2020年にかけて、香港では逃亡犯条例改正案に端を発する大規模な抗議デモが繰り広げられました。民主派や若者たちが街頭に繰り出し、自由と自治の維持を求めて声を上げました。しかし、国安法の施行以降、これらの運動は急速に沈静化しました。
国安法は広範な定義で「国家安全」を脅かす行為を取り締まるため、デモ参加者や活動家は逮捕や起訴のリスクに直面しています。実際、2020年以降、多くの民主派の指導者や活動家が逮捕され、裁判で長期の懲役刑を言い渡されるケースが相次ぎました。
現在、香港の街頭ではかつてのような反政府デモは見られなくなりました。公共の場での反中国的なスローガンや抗議の象徴は、国安法違反とみなされる可能性があるため、市民は自己検閲を強いられています。
香港の「中国化」は、行政や教育、メディアの分野でも進んでいます。たとえば、学校のカリキュラムでは中国の歴史や愛国教育が強調され、メディアでは政府に批判的な報道が減少し、親中派の声が主流を占めるようになりました。このような変化は、香港が中国本土と一体化する方向性を示しています。
自由を求めた移住と人口の変化
国安法の施行後、香港市民の間に不安が広がりました。自由な言論や集会の権利が制限される中、多くの香港市民が海外への移住を選びました。特に若者や専門職の人々が、英国、カナダ、オーストラリアなどへ移住するケースが増えました。
英国政府が提供するBNO(英国海外市民)パスポート保有者向けの特別ビザ制度を利用して、数十万人の香港市民が英国に移住したと推定されています。この移住の波は、香港の経済や社会に大きな影響を与えています。専門職の人材流出により、医療や教育、技術分野での人材不足が懸念される一方で、香港の国際的な魅力も薄れつつあります。
一方で、中国本土からの移住者が増加しています。中国政府は香港への本土住民の流入を奨励し、不動産やビジネスの機会を提供することで、香港の人口構成を変えようとしているとの見方もあります。
これにより、香港の文化やアイデンティティがさらに中国本土に近づく傾向が強まっています。広東語を話す香港独自の文化は徐々に影を潜め、標準中国語(マンダリン)が公共の場でより多く聞かれるようになりました。
言論の自由の縮小と市民の自己検閲
国安法の影響は、言論の自由の分野で特に顕著です。かつて香港は、アジアで最も自由なメディア環境を持つ都市として知られていましたが、現在では多くの独立系メディアが閉鎖に追い込まれ、記者や編集者が逮捕されるケースも報告されています。
市民はソーシャルメディアや日常会話でも、国安法に抵触する可能性のある発言を避けるようになりました。この自己検閲の文化は、香港社会に深い影響を与えています。たとえば、かつては政治的な議論が活発だったカフェや大学のキャンパスも、今では政治的な話題を避ける傾向が強まっています。
さらに、国安法は海外にいる香港市民にも影響を及ぼしています。香港政府は、国安法違反の疑いで海外在住の活動家に逮捕状を発行し、国際的な批判を浴びました。このような動きは、香港市民がどこにいても自由に意見を表明することが難しい状況を示しています。
香港の未来と国際社会の反応
国安法施行後の香港の変化は、国際社会からも注目されています。米国や欧州連合は、国安法を「香港の自治と自由を損なうもの」として批判し、制裁を科すなど対抗措置を取ってきました。しかし、中国政府はこれらの批判を「内政干渉」として退け、香港の統治をさらに強化する姿勢を見せています。
香港市民の間では、将来への不安が根強い一方で、適応しようとする動きも見られます。一部の市民は、香港が中国の一部として新たな役割を果たす可能性に期待を寄せ、経済的な機会を模索しています。しかし、香港の独自性や国際都市としての魅力が失われることへの懸念は依然として大きいです。