中国からの製造移管先―ASEAN「エマージングマーケット」

世界にエマージングマーケットが台頭する中、勤勉で製造に適した国民性と安定した政治背景からASEAN諸国の立ち位置は依然として優位にあります。日本の製造業は今、どの国に注目し、どの国に動いているのでしょうか? この記事では、ASEAN各国が打ち出した外国企業に対する近年の優遇措置、最低賃金、日本企業の動向、また、アメリカ大手企業の例、それから世界での日本の立ち位置についてまとめました。

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エマージングマーケットと製造業

製造業においては、ASEAN諸国のエマージングマーケットへの拠点移管に関心が高まり続けています。2018年から長期化する米中貿易摩擦による制裁関税の影響で、製造業を中心とした世界中の企業が「中国からの生産移管」を実施および検討しています。

さらに、2019年12月より中国湖北省武漢市で発生した「新型コロナウイルス」の拡大、さらに中国の厳しいロックダウンによって生産・部品供給が遅れたことにより、エマージングマーケットへの生産移管する会社が増加しました。

米中間貿易摩擦とその背景にある「中国製造2025」

米中貿易戦争は、2018年にトランプ元大統領の元、中国からの輸入品に対して関税措置を加えたことから始まりました。前年に2,758億ドルの対米貿易黒字を上げていた中国にとっては大きな痛手でした。この貿易摩擦の背景には、2015年に中国が提唱した「中国製造2025」に対してアメリカが強く反発していることがあります。この政策は、中国が自国の技術育成により最新の製造技術を導入することによって、国際的な競争率を高めることが狙いです。この政策で掲げられている「10の重点産業」の全ての分野において、アメリカの制裁を加えられました。

【参考】モノカク【2022年版】中国の製造業(2022年2月)

世界の製造業も、サプライチェーンや貿易面でアメリカと中国の切り離し(デカップリング)を行うことを余儀なくされました。そんな中国からの生産移管の動きの恩恵を受けているのが、これまで中国の対米輸出に寄与してきたアジア新興国、エマージングマーケットです。

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中国からの工場の移管。世界の工場は今、どこに?

中国からの生産移管が始まった頃は、ベトナムに後れを取っていた東南アジア諸国ですが、これを機に外資系企業を誘致すべく、国を挙げて製造業を盛り上げる動きがみられました。ASEANエマージングマーケットの、国の政策と日本企業の動向について見てみましょう。

エマージングマーケット、ASEAN新興国の動向

最低賃金と優遇措置から、企業にとってどのようなメリット、デメリットがあるのかを大まかに見ることができます。データに月給の表記がない場合には、稼働日を20日として元データから計算しています。

ベトナム

現在、アジア諸国の中でもっとも生産移管が活性化しているベトナム。安価な労働力と安定した政治に加えて、ベトナムはますます自由化された貿易および投資政策を早くから行っています。

  • 最低賃金 (月給)

21,100円 (2020年1月改訂)

  • 優遇措置 (2019年8月発表)

EU原産品に対するベトナム側の関税を、全品目の65%撤廃。最終的には約99%が撤廃される。EU側も、ベトナム原産品への関税について71%を撤廃。最長7年の逓減期間を経て完全撤廃を目指す計画。

  • 日本企業の動向

ベトナムで活躍している日本企業は、キヤノン、パナソニック、ホンダ、トヨタなど。日本企業同士の協業によるベトナム農業への進出も期待が高まっています。

タイ

製造・非製造を問わず、日本企業の進出先として歴史の長いタイ。大きな理由には「物流の優位性」があります。現在は東部経済回廊(EEC)がタイ進出の魅力を増加した一因となっています。

  • 最低賃金 (月給)

35,000円 (2020年1月改訂)

  • 優遇措置 (2019年8月発表)

2021年末までに高度な電子産業や生化学産業などの分野でタイに生産移管し、10億バーツ(約36億円)以上を投資した外国企業には、法人税を5年間は50%に軽減。

  • 日本企業の動向

カシオやリコー。自社の製品がアメリカ政府の発表した対中制裁関税「第4弾」の対象製品に含まれていることから、関税を軽減するべく、タイへの生産移管を決定。

マレーシア

マレー半島沖のマラッカ海峡に浮かぶペナンに電気・電子メーカーが集積していて、その中でもアメリカの半導体企業の生産移管の活性化が注目されています。賃金の面ではデメリットがあるものの、総合的な技術力や熟練労働力の面では優れているとの評価があります。

  • 最低賃金 (月給)

31,100円 (2020年2月改訂)

  • 優遇措置 (2019年8月発表)

自国に新たに投資する外資系大手やスタートアップを対象に、5年間、年10億リンギ(260億円)程度の優遇措置を適用する。減税、補助金の支給などの予定あり。

  • 日本企業の動向

2022年1月、三井不動産が「ららぽーと」をクアラルンプールに開業。同大型ショッピングセンターは400店舗の容量あり。オープン時点では80店舗が開業、家具・日曜販売店のニトリもマレーシア初店舗をオープン。

インドネシア

2023年までに労働基準の抜本的改革を想定した法改正を提案し、自国の経済を多くの外資に開放する方針ですが、他国に後れを取る形となりました。しかし、豊富な人口のために製造だけでなく販路拡大市場としての魅力もあります。

  • 最低賃金 (月給)

34,000円 (2021年1月改訂)

  • 優遇措置 (2019年8月発表)

貿易手続きの簡略化や経済特区での優遇税制

  • 日本企業の動向

マレーシアでは今後、繊維工業に力を入れるとの見込みがありますが、日本企業はそのトレンドにはあまり即していないようです。2021年時点でインドネシアにある日本資本の製造工場は871社ですが、そのうち繊維工業は28社です(ジェトロ 2020年1月)。

エマージングマーケットにおける日本企業の動向

2017年、中米貿易摩擦が始まる以前の年と、最新データである2021年のデータを比較し、日本企業の動向を推測しましょう。

表:製造業における日本企業の数の比較(参考:外務省調査

「中国離れ」と表現される中で、中国にある製造系日本企業の数は30%上昇していることがわかりました。コロナ発生時の、日本政府に後押しされた中国からの撤退、中国の厳しいロックダウンを経た結果としては、驚くほどの増加です。この背景には、先述の「中国製造2025」に際して、三菱電機や富士通などの日本企業と中国企業との提携が進んでいることなどが一因とも見られます。これまでの製造業が中国の労働賃金の上昇などの理由から他国へ移管すると同時に、製造強豪国としての中国とビジネスをする新たな動向が見えています。ちなみに、中国に進出している日本企業の数を全分野で比較すると、2021年時点では31,047社の、マイナス4%となっています。

また、中国の製造工場へのこれまでの設備投資や、既に構築されたサプライチェーンの複雑さから、中国の代わりになる国を見つけることは容易ではありません。また、新興国への移管の中には、中国の下請け工場としての製造工場の設立、という例があることも見えてきました。また、中国からほかの国に生産拠点を移転しても、原産地認定基準をクリアする必要もあり、製造基準や原料の変更が必要になる場合もあります。改めて見直してみると、生産移管をしたところでコスト削減を達成できるとは限らないのです。「中国離れ」というよりは「チャイナプラスワン」という多元化の考え方が目立つように感じられます。

「ベトナムの一人勝ち」とまで表現される割には、日本の製造業のベトナムへの移管率(37%上昇)よりも、タイへの進出(52%上昇)が目立っています。ベトナムは優遇措置を早くに打ち出したことにより、EUなどどの競争率が高い事が原因とも見られます。インドネシアでは9%と控えめですが増加傾向にあります。進出率が減少しているのはマレーシアとフィリピンで、この傾向は世界の強豪国の動向と類似しています。

世界のAppleから見るアジア製造工場のトレンド

これまでApple製品の製造は中国か台湾というイメージが強くありましたが、近年ではその他の製造国が見られるようになりました。2017年のiPhone SE, iPhone 13はインドで製造され、2020年のApple iPadはベトナムで、2021年のMac Miniはマレーシアで製造されたというようなニュースが散見されます(Reuters /2022年4月,Soyacincau/ 2022年3月, CNBC 2022年9月)。しかし、Apple製品の主要サプライヤーの本社と製造工場のある国を見ると、更に詳しい事情が読み取れます。

主要サプライヤーの9社がある国は、台湾(3社)、中国(2社)、アメリカ(2社)、日本(1社)、韓国(1社)です。Investopedia(2022年3月)のリストと2022年のアップルサプライヤーリストを照らし合わせると、実際にモノづくりがされている国がわかります。

表:Apple製品主要サプライヤーの国と生産国

台湾のHNHPFは、Appleの製品がインド、ブラジル、中国、テキサスとベトナムで製造できるように支援をしています。また、インドでApple13が製造されることが決まった直後にHNHPFが3.5億円の資金を投資し、インドでの製造能力を上げました。同じく台湾の会社Wistronも、インドでの製造ができるように支援をしています。

また、中国の2社はどちらも音響部品などの精密部品などを製造する中国資本の会社です。また、どちらの会社も中国の工場の他にベトナムに一つずつ工場を設けています。この9社中の7社が、ベトナムに工場を持っています。

「Made in」が決まるのは部品が作られた国ではなく、実際に全部の部品が組付けられた国を指します。なので、主要部品は今まで通り中国で作られていても、近隣国に運び組み立てをすることができれば、中国で製造されていないことになります。

北澤 Nozi

余談ですが、Luxshareの社長、王来春は元Foxconn(元HNHPF)の社員でした。王来春は中国で初めての女性ミリオネアと言われています。Apple社のような大企業が、国の経済、牽いては文化や慣習を変えるのかがわかる事例です。

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世界から見る、日本という製造国と市場

戦後1960年代以降は自動車産業を始めとしたモノづくりの効率と品質で資本主義経済に頭角を現した日本ですが、ここ20年ほどは得意分野としていた音響や映像テクノロジー、テレビやスマホも業界でスポットライトを浴びる機会がめっきりと減りました。5GG、EVなどの新技術についても以前のような勢いはなく、今後も強い経済力を継続するためには、国としてどう動くべきなのでしょうか? しかし、「国の経済力」と「企業の存続=個人の給料」を図りにかけた時、その答えは単純ではないようです。

日本政府が後ろ盾する、「国内回帰」の動き

中国に重点を置いた製造、サプライチェーンのリスクの回避策として「国内回帰」がトレンドの一つとなっています。近年、生産拠点を国内に回帰した大手日本企業を参考に見てみましょう。土地が狭く、労働賃金が高く、しかも労働力の不足する日本で、どのように国内回帰を実現できるのでしょうか。

表:近年における日系製造業の生産拠点の国内回帰(参考:三菱UFJリサーチ&コンサルティング (2022年6月)

国内回帰の問題点を解決する方法は、製造プロセスを自動化することにあります。従来はマニュアルでしか出来なかった事も、IoTやAIの発展により実現が可能になっており、日本で製造をしても採算が取れるようになりました。また、日本政府は、2017年に「コネクテッド・インダストリーズ」と呼ばれる財政支援を打ち出しました。IoT税制などの優遇措置、生産性向上のためのシステムやセンサー、ロボット等の導入を補助するというものです。国内回帰の理由には、こういった背景も見られます。

「下請け製造国」、または「記述提供者」として生き残る日本企業

中国の下請けとして活躍しているのは、日本も例外ではありません。例えば、中国のアニメ業界では「日本で作れば中国の3分の1で済む」ということから、日本のアニメスタジオを下請けとする動きがあります。Presidentの記事(2021年4月)によると、中国の杭州アニメーターの月給は平均52万円、日本のアニメーターは17.5万円と、日本の3倍もの給料が支払われています。

アニメ業界の市場規模についても大きな変化がありました。日本は2020年に過去10年で初めて売り上げが下降し、前年度を1.8%下回る2.5兆円となりました。2021年は前年を更に下回り、2.5兆円を切っています。一方、中国の同年の市場規模は3兆円を超え、日本を上回りました。日本の市場規模が縮小した背景には、テレビアニメの制作本数が各社で減少したことがあります。また、コロナの影響により21年もテレビアニメの放映・公開スケジュール遅延が響き、納品が翌期へずれ込むなどの影響を受けたことも背景にあり、2022年は売上が増加するという見方もあります(PR Times 2022年8月)。

しかし、近年では、中国の大手動画サイト、bilibili動画などが日本から正式に放映権を買い取り、中国向けに配信されるというビジネスモデルが定着しつつあります。これは日本の市場の縮小と中国の市場拡大を先見した企業のサバイバル術とも見られます。

この、アニメ業界の例は、中国が日本の下請けを引き受け、経験とノウハウを学んで自立したという具体的な例です。今後、「中国製造2025」で掲げられる分野においては特に、技術の高い日本人に高待遇の条件を提示することで引き抜きが行われ、中国への技術の提供、国内優秀人材の欠如が危ぶまれます。

北澤 Nozi

筆者は日本の大手企業から南アフリカへの進出フィージビリティ調査、市場調査を請け負うことがあります。そういった企業の中には、「日本ブランドだから売れる、信頼がある」という概念を持っている企業もあります。そこで私が皆さんにお伝えするのは、南アフリカ人は「日本」という国を聞いたことがあっても、アジアの小国、もしくは中国の一部として捉えているが大多数ということです。「東京は香港の首都なのか?」「日本は中国の一部なのか?」など、私たち日本人が想像もしないような質問を頻繁に受けます。今、私たちは自国の立ち位置を見直す必要性があると考えます。

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まとめ

企業の存続の手段が自国の経済を変えるという関係が見えてきました。資源、為替、国際関係について巧みに情報を収集し、世界の動向によるインパクトを判断しながら、適切な判断をしていきたいものです。

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北澤Noziセカビズライター
通年20年の海外経験があり、南アフリカと日本を行き来する生活を送っています。市場調査員として南アフリカの企業と関わり、フィールドワークの中で見えてきた「今、南アフリカで起こっていること」を日本の方と共有する記事を書きます。興味のあることは人権、環境、ビジネス、社会問題、サブカルチャーなどのジャーナリズム。趣味は料理とキャンプです。